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京都地方裁判所 昭和53年(ワ)648号 判決

原告 西川成信

右訴訟代理人弁護士 松井昌次

同 平栗勲

被告 長谷川金物店こと 長谷川靖夫

〈ほか三名〉

右被告ら四名訴訟代理人弁護士 渡邊喜八

同 片桐敏榮

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し二一〇三万七〇〇七円及びうち二〇三三万七〇〇七円に対する被告長谷川靖夫については昭和五三年五月二一日から、同浅野金属工業株式会社、同マルメ商事株式会社については同月二三日から、同株式会社長谷幸製作所については同月二四日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

被告浅野金属工業株式会社は可鍛鋳鉄製造販売業を営む会社であり、被告株式会社長谷幸製作所は金槌等木工製品の製造販売を営む会社であり、被告マルメ商事株式会社及び被告長谷川靖夫は金物販売を営む業者である。

2  (事故の発生と原因)

(一) 原告は昭和五二年一一月一九日被告長谷川から金槌一本(以下本件金槌という)を購入し、同日京都市下京区梅小路石橋町二〇番地原告方店舗内において釘を抜こうとして板(通称みざら)に打ちつけられた釘に金属製釘抜きを当てがいその釘抜の頭部を右金槌で打ちつけ順次一二本の釘を抜き一三本目の釘を抜こうとして打ちつけたところ、その衝撃で右金槌の頭端部に亀裂が生じ右亀裂により剥離した破片が原告の左眼球に飛び込みそのため原告は左角膜穿孔性外傷及び眼内異物兼眼内炎の傷害を受けた。

(二) 本件金槌の材質は黒心可鍛鋳鉄であるが、製造者は、

(1) 可鍛鋳鉄を熱処理する際材質にムラを生じさせ金槌の頭部先端部に微細な空洞を生じさせたこと(微少空洞の存在)、

(2) 製造法上黒心可鍛鋳鉄の利点である靱性延性を犠牲にしているのであるがこれによって期待された硬度が確保されていなかったのみならず、金槌として割れにくくするために炭素の形状が塊状となり均一に分散しておく必要があるのに層状パーライトを残留させるため第一段階の熱処理しか行われず二段階の熱処理により得られる筈の炭素の塊状、均一分散が十分行われなかったこと(材質の脆弱さ)、

(3) 打ち易くしスタイルの良さを強調するため打てき面の先縁部を末広がりの形状とし面取りを十分行っていなかったため先端部分に負荷が生ずると割れ易い状態としたこと(形状上の欠陥)、

以上のような欠陥が競合して破損し右事故が発生したのである。

3  (治療経過並びに後遺症の程度)

(一) 原告は、右事故による受傷後直ちに京都第二赤十字病院に入院し同病院で眼内異物除去手術並びに眼内炎の治療を受け昭和五三年二月一〇日頃症状もほぼ固定したので同日同病院を退院した(入院期間八二日)が、退院後も現在に至るまで一週間に一度の割合で検査ならびに投薬治療を受けている。

(二) 症状固定後の原告の症状は、左眼の視力を完全に失い、右眼の視力は事故前〇・九であったが〇・六にまで低下し、自賠法施行令二条別表による後遺障害等級表七級相当の後遺症が残存している。

4  (被告らの責任)

(一) 被告浅野金属の責任

被告浅野金属は本件金槌の頭部を被告長谷川幸製作所鋳型により白銑から熱処理して加工した。前記欠陥のうち、微少空洞の存在、材質の脆弱さは熱処理の不十分さという被告浅野金属の過失に帰因するものであるから、同被告は本件事故について不法行為責任を負う。

(二) 被告長谷幸製作所の責任

被告長谷幸製作所は、被告浅野金属が製造した金槌の頭部について焼き入れて加硬処理し研摩したうえ柄をつけて金槌の完成品を作った。前記欠陥のうち材質の脆弱さ、形状上の欠陥は、焼き入れ及び研摩の不十分さという被告長谷幸製作所の過失に帰因するものであるから、同被告は本件事故について不法行為責任を負う。また、被告長谷幸製作所は、商品の品質検査を十分にし欠陥商品を流通におかない義務も存するが、これを怠り欠陥のある本件金槌を流通においた過失も存する。

(三) 被告マルメ商事及び被告長谷川の責任

被告マルメ商事は、本件金槌を被告長谷幸製作所から仕入れ被告長谷川に卸したが、その際「マルメ特選」と表示したラベルを貼付し意匠登録の青色ビニールテープを巻いて本件金槌が優良品であるような表示をし被告長谷川に卸した。しかるに本件金槌には前記のような欠陥が存し形状の欠陥については被告マルメ商事としても商品検査により容易に予見し得たにもかかわらず同被告にはこれを流通においた過失があるからこれにより本件事故について不法行為責任を負う。

また被告長谷川は、直接本件金槌を原告に販売したのであるが、形状の欠陥については商品検査により容易に予見し得たにもかかわらず、かかる欠陥商品を何ら注意を与えることなく原告に販売したのであるから本件事故による損害について積極的債権侵害ないし不完全履行による賠償責任を負う。

5  (損害)

(一) 入通院期間の損害

(1) 治療費    八九万七三〇〇円

(2) 入院雑費    四万九二〇〇円

一日当り六〇〇円として入院期間八二日分。

(3) 付添費    二〇万五〇〇〇円

一日当り二五〇〇円として右同八二日分。

(4) 逸失利益   五九万〇九二八円

原告は事故当時五七才西川商店の商号で妻と共にプラスチック成型加工業を営み平均月収四〇万ないし五〇万円の収入を得ていたが原告固有の収入を計算することが困難であるので昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表による全産業男子労働者五七才の平均給与月額二一万四八八三円をもって原告の平均月収として右入院期間二・七五か月分の逸失利益を算出すると五九万〇九二八円となる。

(5) 慰藉料        七五万円

原告が右受傷の治療のため入通院した期間中の精神的苦痛に対する慰藉料は七五万円とするのが相当である。

(二) 後遺症に対する損害

(1) 逸失利益 一一四七万二六八九円

原告は右受傷により障害等級七級相当の後遺症が存し、右後遺症による労働能力喪失割合は五六パーセントとするのが相当であり稼働可能年数を一〇年とし前記平均月収を基準としてホフマン方式(係数七・九四五)により原告の後遺症による逸失利益を算出すると一一四七万二六八九円となる。

(2) 慰藉料       七〇〇万円

原告の後遺症による精神的苦痛に対する慰藉料は七〇〇万円とするのが相当である。

(三) 控除すべき金額

原告は社会保険から前記治療費の内六二万八一一〇円の支払を受けたので前記損害額より控除する。

(四) 弁護士費用

被告らは、原告の蒙った損害金を任意に支払わないので原告はやむなく弁護士に本件訴訟追行を委任しており本件事故と相当因果関係ある損害として被告らに対し請求しうべき額は七〇万円である。

6  よって、原告は被告らに対し、それぞれ損害金二一〇三万七〇〇七円及び弁護士費用を除く二〇三三万七〇〇七円に対する本件訴状送達の日の翌日である被告長谷川については昭和五三年五月二一日、同浅野金属、同マルメ商事については同月二三日、同長谷幸製作所については同月二四日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。同2(一)の事実のうち、原告が被告長谷川からその主張の日に金槌を購入したこと、金槌に亀裂が生じたことを認めその余は不知。同(二)の破損原因を否認する。同3の事実は不知。同4の事実のうち、被告浅野金属が銑鉄を鋳型に入れて本件金槌の頭部を製造し、被告長谷幸製作所がこれを購入して焼入れ研摩したうえ木製の柄をつけて製作し、被告マルメ商事が右金槌を仕入れその柄の部分に「マルメ特選」と表示したラベルを貼付し意匠登録の青色ビニールテープを巻いてこれを被告長谷川に卸したことを認め、被告らの責任を争う。同5の事実のうち、原告の営業収入を否認し、その余は不知。同6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、原告が昭和五二年一一月一九日被告長谷川から本件金槌を購入して使用したところ右金槌に亀裂が生じたこと、被告浅野金属が銑鉄を鋳型に入れて本件金槌の頭部を製造し、被告長谷幸製作所がこれを購入して焼入れ研摩したうえ木製の柄をつけて製作し、被告マルメ商事が右金槌を仕入れその柄の部分に「マルメ特選」と表示したラベルを貼付し更に意匠登録の青色ビニールテープを巻いてこれを被告長谷川に卸したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  (事故発生の経緯)

右事実と《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

1  原告は昭和五二年一一月一九日京都市下京区梅小路石橋町二〇番地原告方店舗内で縁の下の金網を張るため網枠に使用する板(長さ一二・七二メートル、幅八〇センチメートル、厚さ一・五センチメートルの桧板を八枚並べて打付けてあり、通称みざらと呼ばれているもの。)に打ってある古釘(長さ四・五センチメートル、直径二・二九ミリメートル、頭部の直径六・八ミリメートル)を抜こうとして長谷川金物店(経営者被告長谷川)で新しく金槌(打口直径二・一センチメートルの先切金槌)一本と釘抜(鋼製バール)一本を買った。

2  原告は購入した金槌と釘抜きでみざらの古釘を抜くべく端から順番に釘を抜いていった。釘を抜く方法は釘抜きの頭部の割れ目を抜こうとする木部に食い込んだ古釘の頭に当てがい前かがみになって右手に持った金槌で釘抜きの頭部を叩いて少し釘の頭を出しその後再度釘抜きで釘を抜くというやり方であった。

3  原告はこのようなやり方で順次釘を一二本抜き一三本目の釘を抜こうとして前同様釘抜きの頭部を釘の頭に差し込もうとして釘抜きを当てがって右金槌で釘抜きの頭部を数回叩いたが釘抜きが滑って容易に釘の頭部に食い込まず続いて力を込めて数回釘抜きの頭部を繰り返えし打ったところ、本件金槌の角縁部と釘抜の角縁部が当り突然金槌の角縁部先端(約二×三×二・五ミリメートルの微少片)が欠けて接近させていた左眼に飛び込み左眼に激しい痛みを感じた。原告は痛みの原因がわからないまま直ちに近所の眼科医院で応急措置を受けたところ左眼内に異物が入っていることがわかり、昭和五二年一一月二一日京都第二赤十字病院で眼内異物除去手術を受けた。その結果原告の左眼内に飛び込んだ異物がみざらの釘を抜くのに使用していた本件金槌の破片であることを知った。

4  原告は同病院に初診日から昭和五三年二月一〇日まで八二日間入院して治療を受けたが、左眼は完全に失明し、右眼も単眼使用による疲労から事故前〇・九の視力であったものが視力〇・六に低下しその後昭和五三年二月一五日現在で〇・七に回復している。

二  本件金槌の材質及び知見

《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

1  本件金槌の材質は黒心可鍛鋳鉄であるがその製造工程は後記黒心可鍛鋳鉄に層状パーライトを残すため第一段階の九五〇度で焼鈍しそれをそのまま六〇〇度まで徐冷したものを素材として打てき面を焼入れ硬化したものである。

2(一)  鋳鉄は鋼と対比されるが、両者は純鉄に対する炭素含有量の割合によって区別される。

鋳鉄は炭素含有量がほぼ二パーセント以上のものをいい、それ以下のものは炭素鋼(もしくは単に鋼という)と総称されこのうち〇・八三パーセントの炭素鋼(共析鋼ともいう)を境としこれより炭素量の低いものを亜共析鋼、高いものを過共析鋼という。鋳鉄と鋼の差異は、鋼が焼入れが入るため極めて硬度が高くなり打てき用には適当であるが量産が難しく生産コストも高いのに対し、鋳鉄は硬度は下るが変形能を生じ切削も容易なため量産が可能で生産コストも安い。このため一定以上の硬度が要求される場合は鋼でなければならないが、それ以外は鋳鉄が使用される。

(二)  純鉄は温度によってその原子構造を変えその差によってアルファ鉄(摂氏九一〇度以下)ガンマー鉄(九一〇度から一四〇〇度)デルター鉄(一四〇〇度以上)と異る名称が与えられており、この純鉄と炭素の結びつき方によって次のような名称がつけられている。

フェライト 少量の炭素を固溶したアルファ鉄。

オーステナイト 少量の炭素を固溶したガンマー鉄。

セメンタイト 鉄と炭素の化合物。かたいが極めてもろい。

パーライト フェライトとセメンタイトが交互に層状をなしているもの。摂氏七二一度(A変態点)で残留オーステナイトがフェライトとセメンタイトを同時に析出してできる。「変態点」とは、金属が構造の異るものに変態していくときの温度のことであってアルファ鉄とガンマー鉄の変態点は九一〇度であるのに対し、炭素が加わることによって七二一度で変態する。

スフェロダイト フェライト地に炭化物が球状となって分布しているもの。層状パーライトより軟く靱性が高く、冷間加工性がよい。

マルテンサイト 加熱後急冷(焼入れ)してできる針状組織。急冷のためA変態を阻止されオーステナイト中に溶けていた炭素がそのままアルファ鉄中に残り鉄の結晶格子内に押し込まれたもので、このため極めて硬くかつもろい。

(三)  鋳鉄は炭素が多いため炭素をどのように処理するかによって種類が分れる。

銑鉄(鉄の溶けたもの)に炭素その他少量の元素(硫黄、珪素等)を加えて(白銑鋳物」とし、これを可鍛化焼なまし(焼鈍)を加えたものが「可鍛鋳鉄」であり、白銑にマグネシウムを添加することによって黒鉛を最初から球状化して析出したのが「球状黒鉛鋳鉄」(ダクタイル鋳鉄ともいう)である。白銑鋳物をそのまま冷却すればセメンタイトとなる。

可鍛鋳鉄は焼なまし熱処理方法によって「黒心可鍛鋳鉄」「白心可鍛鋳鉄」「パーライト可鍛鋳鉄」に分けられる。

可鍛鋳鉄は、靱性が高く、衝激抵抗・鋳造性・被削性を有し、鋳造性は量産を可能にし、品質の均一化、価格の低廉化に役立っている。金槌の素材は、鋳物は約二五ないし三〇パーセント、可鍛鋳鉄三〇ないし三五パーセント、鋼三五ないし四〇パーセントである。

可鍛鋳鉄はその各特色から用途も異り、白心可鍛鋳鉄は薄物の優れた延性があり自動車部品に、黒心可鍛鋳鉄は適当な強度と延性があり鉄道車両や工作機械に、パーライト可鍛鋳鉄は高い強度と優れた耐摩耗性があり兵器工具類ハンマーヘッド剪断機などに使われている。

黒心可鍛鋳鉄は主としてフェライト地に黒鉛粒が点在する組織を有しているがこの製造方法は、第一段階として九〇〇度から九五〇度に長時間加熱して徐冷する方法と、さらに第二段階として七六〇度から七〇〇度に加熱する方法とがある。二段階にわけて焼鈍(熱処理)するのは、第一段階でセメンタイトから炭素を遊離させて黒鉛化しこれを再度加熱することによって黒鉛を塊状化するためである。

三  ところで、原告は、本件金槌には破損に繋る欠陥があった旨主張するので検討する。

1  《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  本件金槌の打てき面には肉眼で識別できる程度の釘抜の角部に当って生じたとみられる大少無数の波状の打てき痕と無数の微細な亀裂が生じており、破断部分は塑性変形を起した後に破断したとみられる「延性破壊」の跡がみられる。すなわち、本件金槌の打てき面には波状痕がありこれは硬度の高い物体を局部的に当たる形で叩いたこと、材料強度学的能力の限界に近い状況で使用されたことによって生じた塑性変形であり、このような変形が生ずる程度の衝撃力が局部に集中して加わると剥離あるいはき裂が生ずる。

(二)  本件金槌の破断面及びその周囲に気泡(ブローホール)、鋳巣、あるいは黒鉛の異常な連続を認めることはできず、破断面に観察される黒点は裂断時の破断組織部の凹みで圧潰破断面とみられる。本件金槌の打てき面にみられる微細なき裂は黒鉛に関係なく生じている。

(三)  本件金槌の打てき表面は焼入れされて加硬処理がなされており、縁部、中央部共その組織は均一であって黒鉛はすべて塊状で形状、大きさ、分散状態は均一であり互に適度に分散していて異常に連続した黒鉛及び片状黒鉛を認めることはできない。塊状黒鉛の周囲に軟かくねばいオーステナイトがあり所々に軟かくねばいフェライトが分散していて衝撃力の一部を吸収し塑性変形を生ずるが吸収しきれない段階で脆いマルテンサイトか塊状黒鉛部にき裂が発生する。本件はこのようにして発生したき裂で通常生ずるものである。

(四)  硬度の高いものは脆性破壊をし、低いものは延性破壊をし易く、このような破壊は加えられる力の大きさ、荷重速度、温度、品物の形状などにも影響される。脆性破壊を避けるため硬度を著しく低くすると長期間の使用により打てき面が塑性変形し縁にまくれを生じその部分が飛ぶ危険もあり、また硬い物の角が金槌の縁に当ったとき一部がちぎれ飛ぶ危険性もある。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実によると、本件金槌は黒心可鍛鋳鉄に一部パーライト部分を残したものを素材とし、打てき面を焼入れし表面層の基質をマルテンサイト化することによって硬度を高くしていること、オーステナイト及びフェライトをマルテンサイトの間に分散させることによって硬さを下げ衝撃力を塑性変形させることによって吸収させ、き裂が生じたときにはこれの進展速度を遅らせ、あるいは表面で短く止める役割をもたせていることが認められ、他に金槌としての用途安全性の面で組織上欠陥があったことは認められず、本件金槌の破断は、気泡、鋳巣あるいは黒鉛の異常な連続に原因するものとも認められないから、本件金槌が本来備えていなければならない性状を欠いていたものということはできない。

2  原告は、焼入れにより硬度をうるため黒心可鍛鋳鉄の利点である靱性、延性を犠牲にしながら期待された硬度が確保されていない旨主張するので検討する。前記証拠によると次のとおり認められる。

本件金槌は黒心可鍛鋳鉄の製法により焼入目的で第一段焼鈍をして一部約三分の一にパーライト部分を残留させたうえ打てき部分に焼入れをして、マルテンサイト化したものであり、このように第一段焼鈍をしたうえ強度硬度を高めるために黒心可鍛鋳鉄を局部焼入れすることは一般に行なわれている。硬度と延性は相対的なもので、硬度を高めるということは延性を低めることになり、どの程度の硬度・延性を確保すべきかはその使用目的によって選択される。黒心可鍛鋳鉄は、フェライト地と黒鉛との組織であるから硬度は低くそのまま金槌に使用するのは適当でないので硬度が要求されるがそのため黒心可鍛そのものに局部焼入してマルテンサイト化し硬度を高めている。

本件金槌は純粋なパーライトではなくフェライト地が基底となっているため適度の硬さの外にねばさを保持している。

以上の事実を認めることができる。

従って、相当の硬度を有しながら脆性破壊を防いでいるといえるから金槌の素材としては好条件を備えていると考えられるのであって硬度が確保されていないとはいえない。

3  さらに、原告は、本件金槌の打てき面の先縁部を末広がりにし面取り(角の部分を研摩器で削り取ること)が十分行われていなかったことが割れ易い状態とした一因であると主張するので検討する。前記証拠によると、次のとおり認めることができる。

一般に金槌は用途に添って色々な形状のものが作られハンマー、玄能、金槌、トンカチ等の種類がありそのそれぞれについてもある範囲の目方サイズが用意されている。

本件金槌は先切金槌と呼ばれるものであるが、その形状は一方の先を尖らせ他方の先を末広がりにしている。尖った方は本来釘しめ(釘頭を木部に食い込ませる)の目的で作られており、他方の末広がりは比較的小さい釘打ちとして金槌の本体よりも打口を広くすることにより釘の打ち損じを防いでいる。又打口が両口玄能のように丸みをつけず平水なのは木部に痕を残さない目的をもっている。このように先切金槌は本来釘打ちに適するように作られているから、重量は軽く、叩かれるものが重い物や大きな物であるとあまり大きな力が加わらない。このような形状のものには打てき面の直径一五から二四ミリメートルまでの間に四種類あるが、本件金槌は二一ミリメートルであるから本来一寸ないし一・二寸程度の釘を対象としており三寸以上の釘を打つと金槌がはね返されて打ち難い。

本件金槌の面取りの程度はこれまで大量に製造販売されてきた先切金槌の形状を受け継いだものであって同種他製品と比較して少いとはいえず、グラインダーでより多く面取りすると研摩による発熱により膨脹し脆性化をきたすおそれがあり、多い目に削ったとしても削ったことによって角部分が形を変えて残存するだけで幾分欠けることは妨げるとしても、それによって本件事故が防げたと認めるべき資料はなく、全く角のない形状とすることは両口玄能の球形面に近づけることになり前記使用目的をもつ先切金槌を製作する余地がなくなることになる。

4  また、金槌に用途に関する説明書きを貼付することによって事故発生を防止しえたかどうかについて検討するに、前記事実と弁論の全趣旨によると、本件金槌の安全度を表示する方法として硬度の高いものを叩かないよう使用範囲を限定するのが最も包括的であるけれども、仮に柄の部分に硬度を数字で表示して記載したとしても通常使用が予想される一般人にこれを理解させることは困難であり、個々的に用途を列挙したとしてもその全てを網羅して記載することはできないから例示に止まりこれによって危険防止の目的を達しうるかは疑問であって、本件金槌そのものに内在し特に表示しておく必要のある特別の危険性は考えられず極めて稀にしか起りえない特殊事故を想定しそれに備えて注意を告げる義務が販売者にあるとはいえず、従来から大量に製造販売され広く使用されてきたこの種の道具類についてこれをどのように使用するかは使用者の常識に委ねる外ないものというべきである。

四  以上のとおり、本件事故にみられた金槌の破断は使用方法如何により通常起りうるものであって、一般に過重負荷力が加わると縁端部から破壊が始まるのであり全く破壊することのない金槌はなくその種類により強度に差のあるのは用途上止むを得ないところであり、より硬度の高い物体を強力に打ちつける場合は特に使用者において破壊することのあるのを想定し注意をする必要があるのであって、原告は本件金槌の打てき面の変形状態からみて本件釘抜きの硬度が高いことは知りえた筈であり本件事故は使用していた金槌の重量形状から考え社会常識上予想できた危険を軽視した使用方法、作業姿勢により発生させた事故であって結果が重大となったことは不運不幸な特殊事態というほかない。

従って、原告の主張する本件金槌に欠陥があったことを前提とする被告らの責任を認めることはできない。

五  よって原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

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